猫一匹と人間二人の気ままな暮らし

東京郊外に住むアラサーの頭の中を綴っていきます

#24 ゴミを捨てる自由

こんにちは、junnaです。

 

今日は、生活する上でどうしても出てしまう

"ゴミ"について思うところをお話していこうと思います。

 

先日J-WAVEを聴いていたら、

株式会社ナカダイの代表、中台澄之さん

ゲストに招かれてお話していました。

www.j-wave.co.jp

株式会社ナカダイは、

産業廃棄物処理業をやっている会社です。

ナカダイに運ばれる廃棄物は一日60トン(!)。

なんと、そのうち99%をリサイクルしています。

その驚異のリサイクル率が国内外の注目を集めています。

 

その番組を聴いていると、

ある印象的なフレーズが耳に入ってきました。

 

曰く、

自由にモノを買える世の中というのは、

自由にモノを捨てられる世の中

という内容のフレーズ。

 

環境問題への意識が高まる中、

私たち一般消費者の中には"エシカル消費"、つまり、

どんな国で、誰がどうやって作ったか

というような、モノが作られる背景に気を配って

購買行動をとる人が増えてきたと思います。

 

一方で、いくら私たちが"エシカル"なモノを買ったとしても、

それは長期的に見て、最終的にはゴミとなって捨てられていく

さらに言えば、そのエシカルなモノを作る過程でも、

相当のエネルギーは消費されているし、

産業廃棄物だって多かれ少なかれ出ているはずなんです。

 

 

ところで、物事には往々にして

両面性がありますよね。

始まりがあって、終わりがあり、

過去があって、未来がある。

それなのに、こと"モノを買う"行為においては、

私たちはあまりにも片方、つまり、

"モノの成り立ち"にしか注目してなくて、

もう片方、つまり、

"モノのその後"に対しては全然目を向けられていない。

 

私たちが現代社会で何の制約も受けずに

モノを買えるっていうのは、

イコール、

何の制約も受けずにモノを捨てられる

っていうのとセットである

という感覚を持っておくべきだと

中台さんは言っていました。

 

日本はゴミの輸出量が圧倒的に多いです。

私たちが分別してゴミの日に出したプラごみは、

数年前まで主に中国に運ばれていました。

例えば、食品が付着したまま船で運ばれたプラごみは、

その過程で腐っていき、輸出先でもリサイクルには回されず、

などに捨てられ、最終的にそのゴミはへと流されていく。

そして海ゴミとなるのです。

このままいけばあと少しで、

海に住む生物の質量よりも

海に漂うゴミの方が上回ります

"海洋プラスチック問題"と耳にしても、

なんとなく壮大な印象を受けて

なかなか身近に感じられないかもしれない。

ですが、海ごみの問題はほぼ私たち日本人が引き起こしている問題

と解釈して間違いはない、

とも中台さんはお話しています。

私たちが「ちょっと汚れが残ってるけどいっか」

と言って捨てたプラごみは、

2か月後海外の海でプカプカと浮いている

という構図。

 

数年前、中国はゴミの受け入れを全面的に中止しました。

では、今まで中国に送っていたゴミはどうなっているのか。

ー ひたすら国内で燃やすしかないんです。

ただただ二酸化炭素を放出するのみ。

これがどれだけ環境負荷となっているか、想像に容易いでしょう。

 

また、別の日にこれまたラジオで耳にしたのが、

生ごみは燃えるゴミとして処理されるけれども、

生ごみってどうしても水分を多く含んでいる。

その水分を含むゴミが焼却炉に入ると火力が弱まる。

火が消えないようにさらに多くのエネルギーを使って

火力を維持する必要が出てくる。

という非効率的な循環もあるようです。

 

こういうことって、

普通に考えれば理解できるけれども、

そこまで思いを馳せるタイミング自体がないですよね。

それってつまり、

私たちはモノのたどる道への想像力が欠けているってこと。

 

モノ⇒ゴミ』という流れをもう一度理解する。

"ゴミ"へと変化する"モノ"を減らすことが、

これ以上環境に負担をかけない、

ということに繋がってくるのではないでしょうか。

 

今のところゴミ問題への関心が

個人的に高まっているので、

また何か知識が入ってきたら

シェアしたいと思います。

 

とりあえず手始めに↓を読もうと考えている次第。

 では、また。